虚無感を味わう

前回の投稿から10ヶ月ほど経ってしまった。

理由については、転職にてバタバタしてしまったことが主な理由である。

今一度、想いを巡らせて時を遡ろう。

前回、気分がフラットであることを伝えた。

今でこそ、その気分からは抜け出したが、気分をコントロール出来ないというのは何とも恐ろしいものである。

私たち人間は、少なくとも私は、行動はコントロール出来る。

しかし、その行動は気分によってコントラストが随分と変わってくる。

よく、「行動によって気分も変わってくる。」と言われることがあるが、行動しても、行動しても、全然気分が変化しない状態になってしまうとしたら恐ろしい。

うつ病というのはそういう状態なのではないかと思う。

恐ろしいことだ。

その状態は虚無主義にも似ているのではないのだろうか。

そう思った理由はかつて読んでみた小説から受けた印象からそう思った。

それは、安岡章太郎さんである。

2013年に亡くなられた際、ネットニュースで、第3の新人と呼ばれ、虚無について書かれた小説が多いということであった。

一方でご本人写真は柔らかな笑顔で虚無とは対照的な表情であることに興味を持った。

その中で私は古本屋にて1冊だけ彼の作品をら見つけた。

それが「海辺の光景」であった。

内容は主人公が、僻地にある精神病院的な施設に入院している母親に訪ねて行く話である。

その母親の状態はというと、認知の低下が進み、主人公を自分の息子であるということも認識出来ない状態である。

また、精神だけでなく、肉体についても機能が低下してゆく。

それに対して医師も施しようがなく、それゆえに、諦めから虚無が漂っている。

主人公も、母親の状態と医師の対応から、ただ見守るしかない。

大まかにいうと、そのような内容であった。

その小説を読んで感じたのは、

諦めて、「ああ・・・」と現状を受け入れる。ということである。

しかし、改めて当時の感想を書いていると、「諦めて現状を受け入れる」って、なかなか出来ることではない。

また、これまた改めて安岡章太郎さんのプロフィールをネットで見てみると、ニヒリズムというよりシニカルであったらしい。

今度はその点を気をつけて再度読んでみたい。

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